月と地とそして踊る彼女

アナタが思う「親友」と、みんなが想像する「恋」は、もしかすると全く違うものかもしれない。そうやって思ってみると、ちょっと不思議じゃない?

曇っている火曜の夕方に散歩を

恐怖はたくさんあるけれど、大海原が怖くて仕方ない。
しかも、沖縄やオーストラリアなどのクリアな海ではない。
どちらかと言うと、しまなみ海峡などの黒々とした海だ。
ついつい、右も左も水平線・・・なんて状態を想像してしまう。
それが味わってみたかったら、open water というシネマがベスト。
ダイビングで海のど真ん中に取り残された夫婦の、会話のみで展開していく。
とりあえず、私にとって恐怖のストーリーだ。
もちろん、起こり得る事なので、臨場感は大変伝わるだろう。

騒がしく踊る母さんと霧
切り絵や写真など美術が好きだし、デッサンも下手ではないけれど、撮影がとても苦手だ。
それでも、昔、上機嫌で、ソニーの一眼を重宝していた時もあり、出かける時には必ず持ち歩いたりした。
あまりにも焦点が合ってなかったり、センスが見られない配置なので、カメラがかわいそうだった。
それは置いておいても、写真や加工は凄く最高に楽しいと感じる!

気持ち良さそうに自転車をこぐ母さんと横殴りの雪

元ブラックビスケッツのビビアン・スーは、綺麗で素敵な女性だと思う。
年齢が30代の後半なんて、まったく信じることが出来ない。
昔の話だけれど、今でも覚えているのが、英語勉強中のビビアンが英語のみのインタビューにアンサーしていたところ。
ちょうど学んでいる所みたいだったけれどとても熱心だった。
今頃英語だけでなく日本語だって、すでにペラペラなんだろうなーと思う。
努力家であるビビアン・スーの素敵さは目を見張る位深い。

目を閉じて踊る姉ちゃんと草原
メジャーな見学箇所であろう、法隆寺へ訪問した。
法隆寺独特だという伽藍配置もしっかり見せてもらって、五重塔、講堂も見せてもらった。
資料館で、国宝にも指定されている玉虫厨子があり、想像よりも少しだけ小さかった。
この寺についてを学ぶには、多分、膨大な時を欲するのではないかと考えている。

天気の良い休日の早朝は外へ

とあるいつもと違うような内容の仕事が舞い込んできたとき「まあ、なんとかなる」と考えていた昔。
当時の私たち新入社員みんなが「過ぎてしまったら大したことないよ」と深く考えずに取り組んでいた。
見かねた指導専門の女性が発したセリフが今でも記憶に残っている。
「目的のためにじゅうぶんに時間を費やしたからこそ、業務終了後に成功しただけの話。
それ故に、みんなのように楽観的に過ごしていて、たまたま内容が簡単だったという意味ではありません。
終わってしまえばなんてことないと言う言葉の裏にあるのは、その逆です。
コツコツと真面目に勉強し準備をしたからこそ、力が有り余って、内容がスムーズに進んだという事を言っているだけです。
がっつりその気になりましたか?
なめていないで頑張りましょう。」
という事だった。
それから、私たちは頑張って勉強しなんとか仕事をすることができた。

天気の良い水曜の昼はお菓子作り
北方謙三さんの水滸伝の血が通っていて男気熱い登場人物が、原作の水滸伝の108人になぞらえて、目立った登場人物が108人でてくるが、敵方、政府側のキャラクターも人間くさいのがいて、血が通っていると感じる。
作中人物に人間的な弱さがうかんでくるのも加えて、夢中になっていたわけだ。
弱いなりに自分の目標とか将来の為に成しうる限りチャレンジしているのが読みふけっていて夢中になる。
読みとおしていておもしろい。
けれど、ひきつけられる登場人物が悲しい目にあったり、夢がなくなっていくストーリーも心にひびくものがあるから魅了される長編小説だ。

一生懸命大声を出す子供と濡れたTシャツ

今日の体育はポートボールだった。
少年は、ボールを使ったスポーツは得意ではないので、仏頂面で運動着に着替えていた。
今日はきっと、運動神経のいいケンイチ君ばかり注目を集めることになるのだろう。
今日はおそらく、運動神経バツグンのケンイチ君の活躍が目だつはずだ。
だとしたら、少年が密かにあこがれているフーコちゃんは、ケンイチ君がヒーローになるところを見るなるのだろう。
少年は空を仰いで体操帽子をかぶると、運動場へ歩いていった。
でもフーコちゃんは、ケンイチ君じゃなくて、少年のことをチラチラ見てたのを、少年は気がつかなかった。

怒って口笛を吹く先生と突風
江國香織の小説に登場する女の人は、陰と陽を持ち合わせていると思う。
不倫を悪としない。
恋だと思わせつつ、本当に好きなのは旦那さんだけのただ一人。
そんな女性が多いような気がします。
不倫を陰だと置くと、本命は陽。
突然スイッチが入ったように陰が出てくる。
不倫に対する善悪の区別はシカトして、その女の人を凝視する。
自分の中にもう一つの恋愛観や見方が姿を見せることもたまにある。

そよ風の吹く水曜の午前に料理を

友達と1時に約束をしていた。
福岡の待ち合わせスポットになっている大きめの画面の前。
携帯を見ると、少しばかり遅刻するとメールがきた。
駅のこの場所は待ち合わせ場所なので、待っている人もどんどんどこかへいってしまう。
スマートフォンで音楽を聴きながら、その様子を眺めていた。
それでも時間を持て余して近所のPRONTに入り、ジンジャーエールを飲んでいた。
30分たって、友人がごめんね!と言いながらきてくれた。
お昼どこに行く?と聞くと、パスタがいいかもとの事。
色々まわってみたけれど、良い感じの店を探しきれなかった。

無我夢中で泳ぐ彼と僕
使う予定があり必要な大きな竹を多すぎるほどもらえるようになり、ほっとしているのだが、歩けないほど多い竹が場所をとっていてガンガン運び出してほしい竹の持ち主は、私たちの必要量よりモウソウダケを持って運び帰らせようとしてくるのでちょっと困る。
多めに持って戻っても余ることになるのだが、モウソウダケが邪魔でしょうがないらしく、運んで行ってくれと強く頼みこまれる。
こっちも必要なものをいただいているので、強く言われたらしょうがないので、あまりは処分するしかない。

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